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近年の政治は、まるでYouTubeのサムネイルのような「一瞬の印象」で判断される場所になった。派手な肩書き、わかりやすい顔、耳障りのいい言葉。昔は芸能人が票を集めるように、こういった概念は今に始まったことではない。人の判断の仕組み自体は、昔から何も変わっていない。ただ、環境と手段が変わっただけだ。

自分が何かを本当に変えたいと思うなら、この社会では「先に形を作ること」の方が先決される。中身や理念は後回しになる。言葉よりも構図、思想よりも視覚的配置、意志よりも再生産可能性が優先される。つまり、理念や構造を先に考えてしまう人にとって、「目的を果たす」ということは、実は「手段を先に成立させること」と同義になってしまう。

本来は何かを“目指す”はずだったのものが、いつの間にか“先にそれっぽく”作らなければ、誰にも耳を貸してもらえない状況になった。目的と手段が入れ替わる。それがこの社会の論理であり、時にその論理に抗うこと自体が、もっと深い“構造への従属”になってしまう。