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「戦争になったら戦うか?」を愛国心の踏み絵のように語るのは、論点が違う。
問題は愛国心ではなく、そこに何を背負っているかだ。
家族や仲間など生活のように、失えば取り返しのつかないものがその場所にある人ほど、そしてとりわけ社会的に弱い立場の人ほど、思想や信条とは無関係に、状況によって選択肢を削られていく。
その末に「戦う」しか残らなくなる。そういう話だ。

反対に、守るものが見当たらない立場の人や、自分で守る必要がない立場の人が「戦う」と平然と言う場合、私にはその言葉が、言った本人の生活や責任に結びついているように見えない。言葉の負担を引き受けているのではなく、ただの身振りやポーズとして置かれているように感じる。