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最近まで私は、物事には筋を通し、矛盾をなくし、合理的に説明できることを最優先してきた。

社会の場、契約や安全や責任が絡む場では今もそれが必要だと思う。けれど心の中や創作、思想や哲学の領域では、整合性が取れない感情や、不条理な問いを抱えたまま歩く時間が要る。矛盾を受け入れてこそ、見えないものが見えてくることがある。

早く正しさを決めたり、説明で固めたりすると、芽が出る前に切り捨ててしまい、視野が驚くほど狭くなる。世界が平面になり、人間理解も痩せていく気がする。

私は合理性を捨てたいのではない。合理性を絶対にせず、道具として出番を管理したい。状況によっては矛盾を内包し、結論や他者への影響が出る場面だけ検証に戻る。この切り替えで、内側は広がり、表現も自由になる。少なくとも今はそう感じている。