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以前、ある程度の影響力を持つカメラマンが、被写体の内面に迫ろうとしたのか、撮影時にあえて罵倒や厳しい言葉を投げかけ、被写体が涙した瞬間を撮影し、それを「本質的に価値がある写真」として提示していたことがある。

しかし今考えると、それは極めて馬鹿げた行為だったと思う。結局のところ、そういった手法は、カメラマン自身が内面に本質を持っていないことの表れであり、自分の空虚さを他人の感情で埋めようとしたに過ぎない。

こうした行為がエンターテインメントとして肯定され、持てはやされるのだとすれば、それはもはや何の意味も持たない。