AI に不安を抱くなら、まず確認すべきは価値創出のメカニズムは昔と寸分変わらず、技術は“流行”ではなく定着を前提に進化している、という事実だ。蒸気機関・電気・インターネットが社会の座標を塗り替えてきた歴史と同様、AI も最新のインフラとして「道具と並走しつつ機能を分担する段階」に入ったにすぎない。
それでもなお、議論の視野を二次元の盤面に押し込みたがる声は絶えない。片や「AI が万事を肩代わりし、人間は不要」と断ずる万能論。片や「人間の特質は不変だから AI は補助輪で十分」と胸を張る人間至上論。違う札を掲げながら、どちらも自分の“正しさ”を強化することに熱心で、再配置後の「誰が何を担うか」という具体論には踏み込まない。要するに、変化した座標系を前にしても、盤外から駒を並べ替えたつもりでいる。しかし盤上は三次元どころか多次元へ拡張している、という事実は素通りだ。
価値生成の実態は今も、課題設定・手段設計・社会実装の三層から成る。課題設定は人間の洞察に依存し、手段設計には AI の演算が大きく寄与し、実装では両者の協働が不可欠。この「教室」は昔と同じまま、席替えだけが起こった。しかし二項対立に酔う論者は教室の壁をホワイトボードだと思い込み、好きなスローガンを大書して拍手を求める。板書は派手でも、授業は一向に始まらない。
だからこそ今後は、タスク境界と評価基準を明文化し、短い検証サイクルで運用を更新し続ける方が理にかなう。AI を恐れる声も、万歳三唱する声も、過去の技術革新期に繰り返されてきたリフレインにすぎない。舞台装置が変わっても、設計と実装の責任は人間に残る。その前提を共有したうえで虚飾を剥ぎ取り、淡々と役割を再整理し検証を回す。それが最短路だ。
最後に、AI を“鼻で笑って存在感を誇示”する人も、“人間性を神棚に祀って自己陶酔”する人も覚えておくべきだろう。盤面は、あなたが得意気に掲げる二項対立よりはるかに広く、コマはルールを超えて増殖中だ。盤外で勝利宣言を続ける限り、次の標準をつくるのは、ひたすら黙って駒を動かし続けるプレイヤーである。それは過去も、そして今回も変わらない。