「頭のよい子だけ助けるべき。遊学大学の学生の無償化は国を亡ぼす」と高須クリニックの高須氏が言ったそうだ。この言葉は、一見、合理性を帯びているように見える。しかし、果たしてそうだろうか?限られた財源を有効に活用するために「頭の良い者にのみ投資すべきだ」という主張は、一見筋が通るようでいて、国家の将来を考える上で決定的な誤りを含んでいる。
1. 「頭の良さ」は環境に左右される
学力の高さは、生まれ持った才能だけで決まるものではない。むしろ、家庭環境や社会的背景が大きく影響を及ぼす。幼少期から質の高い教育を受けることができるか、経済的に塾や教材を利用できるか、学習を支援する大人が周囲にいるか。こうした要素が積み重なり、学力の優劣を生む。
「頭の良い者だけを支援すればよい」という主張は、これらの社会的条件を見過ごしている。経済的・社会的に恵まれた環境のもとで育った者が優秀とされやすく、そうでない者は学ぶ機会すら与えられない。このような制度のもとでは、教育格差が固定化されるだけでなく、知的階層の世襲化が進行する。これは、自由で開かれた社会の本質とは相容れない。
2. 教育の役割は社会全体の底上げにある
教育とは、単に個々の才能を開花させるものではなく、社会全体の知的水準を引き上げる営みである。優秀な一部の人間にのみ投資するという発想は、国家の成長を短期的な視点でしか捉えていない。
広範な教育機会の提供は、新たな才能の発掘を促し、知識労働層を厚くし、結果として経済の発展を支える。また、教育格差の是正は、社会の分断を防ぎ、安定した国家運営の基盤となる。無償化の恩恵を特定の層に限ることは、むしろ社会全体の発展を阻害する要因になりかねない。
3. 格差の放置こそが国を衰退させる
「国が滅びる」という表現が無償化反対派の主張に見受けられるが、実際に国家を衰退させるのは、教育機会の不平等に起因する社会の分断である。学力格差が経済格差へと直結し、それが固定化されれば、国民の間に深刻な分断が生まれる。結果として、経済的・社会的な流動性が失われ、新たな発展を生む機会も失われる。
無償化の対象を制限するのではなく、むしろ教育への投資を拡大し、より多くの人々に学ぶ機会を提供することこそ、持続的な国家発展の鍵となる。
4. 新たな論理が求められる
現在の議論では、「限られたリソースをどう配分するか」という点に焦点が置かれがちである。しかし、教育とは「社会の発展を促す投資」であり、単なる財政的負担とは異なる。教育機会を広げることは、結果として経済全体の生産性を高め、国家全体の活力を増すことにつながる。
「一部のエリートにだけ投資すれば国が発展する」という考え方は、過去の発展途上国的なモデルに基づいている。しかし、現代の先進国が目指すべきは、広く教育の機会を提供し、社会全体の潜在能力を引き出すことだ。
無償化の是非を論じるにあたって、重要なのは単なる効率性ではなく、社会全体の未来を見据えた教育の在り方であり、教育の機会を拡大することこそ、国家の持続的な成長させる。
しかし、このように論じると、決まって現れるのは、教育の恩恵を存分に受けた者たちである。彼らは、自らの成功を「努力の賜物」と信じ、環境の影響など取るに足らぬものと切り捨てる。さらに皮肉なことに、その論理に共感するのは、教育の機会に恵まれなかった人々である。彼らは、自分たちの不遇を「努力不足」と内面化し、教育を受けた者たちの声を借りて、己の機会を狭める政策を支持するのである。教育の本質を理解できない人達が、教育の価値を決めるという倒錯が、今日もなお続いている。