定義付けされない東京大学教授による無意味な分析

https://research-er.jp/articles/view/130519

この研究は、パンデミックの中心でワクチンに関するツイートを分析したもので、東京大学の鳥海不二夫教授らによって実施された。この研究は、世界を席巻するコロナウイルスの中で、ワクチン反対の立場を新たに採用した人々の特性を明らかにした。これらの人々は、政治への関心は薄いものの、陰謀論やスピリチュアリズム、オーガニック食品や代替医療への関心が強く、これらの関心がワクチン反対への転向を促したことが示された。さらに、これらの人々が反ワクチンを掲げる政党への支持を急激に強化し、参政党の議席獲得に寄与した可能性も示唆されている。

しかし、この研究には「反ワクチン」という概念に対する明確な定義や分析が欠けている。研究の焦点が新たにワクチン反対派に加わった人々の特性及びその政治的意味合いに置かれているため、反ワクチンというセグメントの詳細な探求は後回しにされたのかもしれない。反ワクチンとは、ワクチンに対して一律に反対するわけではなく、特定のワクチンや特定の状況下での接種に懐疑的な姿勢を示す人々を指すが、この研究ではそのような細かな区分けには踏み込んでいない。

ここで、ラーメンへの態度とワクチン反対派の分析を比較することで、興味深い洞察を得ることができる。夜にラーメンを避ける人々がいるのは、健康への配慮からである。この行動を「反ラーメン」と呼ぶかどうかは、その定義に依存する。もし「反ラーメン」がラーメンそのものへの否定を意味するなら、夜避ける人々はそのカテゴリーには含まれない。彼らはラーメン自体は好むが、時と場合によっては距離を置く。この例から、人々の行動や信条には単一ではない多様性があることが見て取れる。

この多様性は、ワクチンに対する人々の様々な反応にも当てはまる。全否定から条件付きの懐疑、積極的支持まで、ワクチンに対する態度は幅広い。重要なのは、これらの背後にある動機を理解し、それに応じた対応策を立てることである。

しかし、反ワクチンという概念に対する定義がまばらであることは、社会における偏見の源泉となり得る。人々が持つ反ワクチンの定義が一貫しない状況を理解した上で、明確な定義付けを行わないことは、議論を前に進める上での大きな障害となる。結局のところ、研究や議論におけるセグメント化は、より深い理解を目指すための手段であるべきだが、その過程で定義や分析が不十分なままに進められると、偏見や誤解を生むことになる。研究者は、その研究が社会に与える影響を常に意識し、精度高い定義と分析に基づいて結果を発表する責任がある。