SNSの流行により、インフルエンサーという職業が生まれ、フォロワーの多さが価値を生む時代に突入した。これらの人々は、企業やメーカーからの依頼を受け、商品やサービスを紹介する役割を担う。彼らはフォロワーやチャンネル登録者の多さを武器に、大きな影響力を持つ。この影響力は商品価値に直結し、魅力を感じた企業が広告を依頼する。
しかし、この影響力には中身がないことが多い。中身があったとしても、生産性を伴うことは稀だ。インフルエンサーによる広告が商品の販売に貢献しても、それはBを買う予定だった人がAを購入するという単なる消費のシフトに過ぎない。たとえば、日本人インフルエンサーが海外市場で日本製スマートフォンの購入を促すような場合、日本の生産性や経済に良い影響をもたらす可能性はある。しかし実際には、国内向けの広告が主流であり、単なる消費の奪い合い、すなわち椅子取りゲームのような状況になっている。
広告費が無駄にならなければ、企業は賃金を上げたり、生産ラインの改善に投資することができるかもしれない。そうすれば、商品の価値や品質が向上し、国内だけでなく海外市場での需要も高まる可能性がある。しかし、現実はそうではない。インフルエンサーが持つのは、影響力に過ぎず、実際には良い商品を選ぶ代わりに、別の商品を購入させる力を持つに留まる。このような行動は、社会全体の競争力を弱め、日本のガラパゴス化を促進する。
実際に日本では、独自のスマートフォンが市場に登場したが、市場でのシェアを獲得することはなかった。代わりに、宣伝力と販売力に優れた折りたたみ式の携帯電話が市場で売上を上げていた。これは、広告と影響力のみに頼るアプローチが、実際の製品の質や革新性を蔑ろにしていることを示している。
この状況を踏まえると、インフルエンサーという職業が社会にとって本当に必要なものなのか疑問が生じる。彼らが持つ影響力は、一時的な消費の変化を促すものであり、持続可能な価値創造や社会全体の進歩に寄与しているとは言い難い。それによって、製品の実質的な品質や革新性が後回しにされ、短期的な利益追求に偏る結果を生んでいる。