
フォレストガンプという映画をはじめて観た。正確には28歳か29歳の頃、一度手をつけたものの、開始10分で退屈だと感じてやめてしまった記憶がある。しかし、43歳になった今、価値観がだいぶ変わったのか、今回は最後まで面白く観ることができた。改めて観た今回、「人の幸せの形成」について注目した。
この映画は白人至上主義や反米主義というテーマを含むとされるが、そこに目を奪われるよりも、フォレストという人物の幸せの構造に目が向いた。彼は持ち前のバイタリティと運の良さで数々の成功を収め、名誉や富を得た。しかし、それが精神的な幸福につながるかといえばそうではなかった。
フォレストが本当の幸せを感じたのは、幼い頃から思い続けた女性との結婚を果たした時だった。ここに一つの仮説を立てる。恋愛に限らず、人は成功や恵まれた状況よりも、過去にどれほど苦労したかで幸せを感じる生き物ではないかということだ。
映画の中でも、フォレストの成功は彼の幸福を保証するものではなかった。むしろ、ダン中尉との絆や、愛する人との愛情の確認を通じて、彼は幸せを実感していったように見える。
この考えはこの映画だけに限らず、ほとんどの人の人生にも通じる。若い頃の苦労は買ってでもしろという格言がある。本来の意味は、苦労が将来の役に立つということだ。しかし、それだけではない。
苦労は誰にでもできる普遍的な経験であり、その過程こそが後の幸せを感じる基盤をつくる。多くの人にとって、人生で莫大な富や名誉を手にする可能性は限りなく低い。しかし、苦労することは特別な才能や条件を必要とせず、誰もが経験できる。それゆえに、苦労を通じて得たものが、後に幸せを実感するための確かな土台となるのだ。
フォレストもまた、長い間恋を成就させられなかったからこそ、その愛が実を結んだ瞬間に幸せを強く感じることができた。つまり幸福とは単なる成功や状況ではなく、苦労や想いの積み重ねによって形成されるものだと私は感じた。