排他言説と社会崩壊

憲法や法律を軽視し、社会的弱者を排除する言説や思想が急速に増えている。映画『ジョーカー』は社会への警告だったが抑止力にはならず、人は生活が脅かされると容易に排他的になる。憲法と法律はあなたを含むすべての人を守るための仕組みであり、もしその機能が失われれば、明日、あなた自身や大切な人の命が奪われても、それが正当化され多数に受け入れられる社会さえ肯定される。

そして問いたい。あなたは、その帰結を本当に引き受ける覚悟があるのか?排他性を正当化した瞬間、その刃は必ず自らへと跳ね返り、あなたの安全網を切り裂く。これは脅迫でも感情論でもない。制度とは相互扶助の契約であり、誰かを排除することは同時に自らの権利をも放棄することに等しい。特定集団の権利を縮小させる施策は、わずか数ステップで社会全体の暴力コストを跳ね上げ、生命リスクを指数関数的に増大させる。歴史が示すように、一度切れた糸は容易には結び直せない。私たちが享受する日常は、法という薄氷の上にかろうじて成り立っている。そして今、世間に広がる排他的な言説こそ、その薄氷に自ら深い亀裂を刻む行為にほかならない。