最近、外国人に対する排他的な言葉をよく目にする。ふだんならデータや論理で向き合うところだが(どちらにしてもラベルや属性で一括りにする排外主義的な言説は嫌いだ)今回は日常で出会った人たちのことを書いておきたい。
もともと人と積極的に関わるほうではない。外ではだいたい誰に対しても敬語で接し、必要以上の会話はしない。それでも、社会的な場で笑顔を向けてくれるのは外国人であることが多いと感じている。例えば先日、家族で旅行中、首からカメラをぶら下げていただけで、白人の男性がにこやかに声をかけてきたこともある。カメラが彼も趣味だということで、短いが心地よいやり取りだった。
息子と銭湯に行ったときも、こちらから話しかけることはほとんどないのに、外国人は目が合うだけで笑顔で会釈をしてくれることがある。私も同じように会釈を返した。それだけで場が少しやわらぐ。コンビニでは、アジア系の店員の人がいつも丁寧に働いている。日本語がたどたどしい場面や敬語が完全ではない場面もあるが、仕事ぶりはまじめで、受ける印象はとても良い。
電車に乗ると、席を譲る場面にもよく出会う。私が譲られたわけではないが、自分の見た範囲では、そうした行動を取るのは外国人のほうが多いと感じることがある。以前、車がエンストして自宅近くで動かなくなったことがあった。ハザードを点け、150メートルほど手押しで戻ろうとしていたところ、中国の人が気づいて駆け寄り、一緒に押してくれた。本当に助かった。
もちろん、日本人にもいい人はたくさんいる。それと同じように、外国人にも素敵な人がたくさんいる。その逆も然りで、だから私は特定の属性やラベルで判断をしたくないといつも思っている。今回はあえてデータではなく、日常で出会った人たちのことを書いてみた。