日本はAVがあるから性犯罪率が低いという人たちへ

今回はまず先に結論を固定しない。評価の設計を先に置き、データを順に積み上げ、最後に残るものだけを結論と呼ぶ。

AV(ポルノ/アダルト映像)の影響は平均だけでは語れない。効果はヘテロジニアス、つまり人・条件・期間でばらつく。料理の味付けで例えれば、出来上がった料理に塩を入れると味の分布が動く。塩好きにはうまいが、減塩が要る人にはまずい。ここで「影響がある」と言った時点で、分布が動く=評価が正負に分かれて現れ得る、という帰結まで同時に肯定していることに気づくべきだろう。私が重視するのは、「どのアウトカム(強制性交等の認知件数、被害経験率、恐怖感、加害意図など)を、誰に、どの期間に、どの設計で測ったのか」を分けて語ることだ。平均と同時に分布を見る。ここを外すと、議論はたいてい単純化に帰結する。

日本については時系列の事実を押さえる。警察に記録された性犯罪は、1970年代以降おおむね下降し、1980年代〜90年代前半に低位安定した。家庭用ビデオとAV視聴が広がった時期に重なるため、「AV普及が抑制に寄与したのでは」という仮説が立ち上がるのは自然だとは思う。実際、相関を指摘する研究もある。他方で1990年代後半〜2000年代初頭には一時的な増加局面があり、さらに2017年の法改正で犯罪の定義が拡張され、単純な年比較は難しくなっている。この問題を語る上で大切なのは、相関は因果を保証しないという常識だ。経済、人口構成、都市化、警察活動、教育、ジェンダー規範、監視技術、被害者支援制度など、同時に動く要因はいくらでもある。日本においては特に性犯罪は暗数(未申告)が大きく、通報コストやスティグマの大きさは国と時代で変わる。ゆえに「AVがあったから減った/増えた」と断定する態度は、現実の複層性を捨てる行為に近い。肯定と否定の研究が併存するのはむしろ当然で、そこにこそ効果のばらつきが見えてくる。

実際にその国が安全かどうかを評価するために、私は二つの条件を置いた。①通報率が高い(被害が起きたときに警察・公的機関へ届け出やすい)、②被害者調査での被害経験率が低い。この二つを同時に満たすほど、警察統計(届出ベース)と被害者調査(サーベイベース)が整合し、「公式数字が低い=実際も低い」と言いやすくなる。逆に、通報率が低い社会では、警察統計は小さく見えても被害者調査は大きく出る、といった乖離が生じる。ここで「数値が低い=安全」と短絡しないのが重要で、その為にこの二条件になる。

日本はこの二条件を同時には満たしていない。被害者調査では一定規模の被害が確認され、しかも通報・相談の比率が非常に低い。多くの被害者が誰にも相談せず、警察への連絡はわずかという構図が繰り返し観測される。従って「公式の認知件数が低い=実際も低い」とは言いにくい側に位置する。構造的には、通報コストやスティグマが高く、行政データが過少化しやすい社会と相似形だ。そこまででは無いと考えるが、地域で言えば、ラテンアメリカやサハラ以南アフリカ、中央・南アジアの一部に見られる課題像(被害は一定あるが通報されにくく、公式数字が伸びにくい)に近くなってしまう。

では、二条件を比較的しっかりクリアし、「実際に低い」と言いやすい国はどこか?まずここでは先入観を除外する。「AVが少ない国は安全だ」「AVがある国は危険だ」といった図式を先に置かない。まず条件でふるい、次に文化要因との関係を見る。この順番が健全だ。そのうえで、たとえばポーランドやスロベニアは、警察統計上のレイプ発生率が欧州で低水準で、被害者調査でも生涯被害率が低いグループに入り、通報行動も相対的に悪くない数値が出ている。つまり届出と実態の整合が比較的よい国として挙げられる。これらの国々は、日本のような大規模な国内AV産業を社会の中心カルチャーとして抱えているわけではない(もちろんインターネット由来のポルノ視聴は世界的に広がっているが、「国内のAVが普及しているから安全」という単純な因果は導けない)。この事実は、「AVが普及していないから安全」という短絡にも、「あるから安全/危険」という断定にも与しない。

スロバキアやギリシャ、スペインのように、実態として欧州内で比較的低い側に位置づけられる国もある。ただし報告行動の弱さや歴史的スティグマに由来する未報告の大きさが残るなど、二条件を「しっかり」満たすかというと国ごとに留保が要る。逆に北欧の一部は、被害者調査での経験率が必ずしも高くないにもかかわらず、通報が活発で警察統計が相対的に高く見える場合がある。数字が高い=危険、低い=安全という早合点を避けるには、二条件と複数ソースの突き合わせが不可欠になる。

ポーランドやスロベニアのように、二条件を比較的満たしながら性犯罪が低く、しかも日本型のAVが社会の文化ではない国が現に存在する。それは「AVがある/ない」だけで安全が決まるわけではないことの証左ではないだろうか?影響あり=分布が動く、という私の前提に立てば、良い側面と悪い側面は同時に現れ得る。だからこそ、先入観ではなく設計とデータで語るべきで、そこからしか、精度の高い答えは生まれない。