人間の行動は目的、手段、結果という三つの要素によって構成される。目的は行動の動機付けとなり、手段はその目的を達成するための具体的な方法、結果はその手段がもたらす実際の成果である。しかし、現代社会においては、これらの要素が異なる評価基準によって見られがちである。
理想的には、目的はその背景によって評価されるべきである。目的の継続性は、その背景に根差している。例えば、難病を経験し医者を目指す者の目的は、その個人的な経験に基づいている。このような目的は、瞬間的な結果よりも、長期的な社会的影響を持つことが多い。
一方で、手段は結果によって評価されるべきである。どんなに高尚な理想を掲げても、それが実際の成果を生まなければ意味がない。政治家の経済政策が国を疲弊させた場合、その手段は批判されるべきである。
しかし、現実はこの理想から逸脱している。SNSの普及により、目的も手段も、その影響力によって評価されるようになった。これは、かつての芸術品やブランド品の評価と似ている。影響力が高いものは、その内容や成果に関わらず、高く評価される傾向にある。
この影響力主義は、生産性の観点から見ると問題がある。背景、結果、目的、手段、影響力の順に重要性を考えると、影響力は最も低い。しかし、広告やインターネット技術の発展により、影響力が過剰に評価されるようになった。
この現象は、国の弱体化を招く可能性がある。影響力を追求すること自体は理にかなっているが、それに囚われすぎると、本来の目的や手段、結果の評価がおろそかになる。結果として、社会全体の生産性や効率性が低下する恐れがある。
この考察から、目的、手段、結果の評価基準を再考する必要がある。特に、目的の背景と手段の結果に重点を置き、影響力に惑わされない評価システムの構築が求められる。