自己責任論と弱者叩き。なぜ人は他人にだけ厳しくなるのか

「人間の構造」というものを考えるとき、私はどうしても「自己責任」という言葉から離れられない。日本社会の空気の中に、染み込んでいるこの概念は、一見するととても合理的で美しいルールのように見える。「自分のことは自分で責任を取る」「努力した人が報われるべきだ」。この二つだけで社会が回るなら、それはある意味で分かりやすく、公平ですらあるのかもしれない。

しかし実際の人間の人生は、そんな単純なルールで割り切れるほど整っていない。努力ではどうにもならない病気や障害、家庭環境、偶然の事故、構造的な貧困。そうしたものに直面したとき、「自己責任」という概念は、きしみ始める。それでもなお「自己責任」を捨てきれない人は、そこで一つの分かれ道に立たされるのだと思う。

一つは、「自己責任は絶対ではない」と認める道だ。自分自身が、どう頑張っても超えられない壁にぶつかったとき、それを素直に「これは個人の責任では処理できない領域だ」と受け止める。そうすると、自分と他者に対して求めてきた責任のラインそのものを、全体として引き直さざるをえない。あの人にもこの人にも、そして自分にも、本来は自己責任とは呼べないものがたくさん乗っていたのだと気づいてしまう。

もう一つは、「自己責任というルールはそのまま守りつつ、自分だけ例外にする」という道だ。自分がかつて他人に向けていた厳しいラインを、いざ自分が下回ってしまったときに、「いや、うちの場合は事情が違う」「これは本来の自己責任の枠外だ」と、自分専用の例外を発行する。頭の中でこっそりと、自己責任の範囲を自分にだけ狭めてしまうのである。

ここで興味深いのは、この“例外”がほとんどの場合、自分か、自分にとって大切なごく狭い範囲の人にだけ適用されることだ。他人に対しては、相変わらず元の厳しい自己責任のラインがそのまま適用され続ける。自分は「やむをえない事情のある被害者」であり、他人は「努力の足りない怠け者」のまま維持される。このダブルスタンダードが、そのまま社会の歪みとして積み上がっていく。

そして、その歪みは最も声の小さい人たちに集中する。生活保護を利用せざるをえない人、重度の障害を持つ人、家族や地域のネットワークから切り離された人、そして外国人やマイノリティ。自己責任という言葉は、本来なら一人一人の主体性を尊重するためのものだったはずなのに、いつの間にか「下にいる人たちだけを選んで殴るための棒」に変わってしまう。

私は、自分自身がそれなりに不遇な環境で育ってきたがゆえに、自己責任では説明できない領域をいくつも見てきた。どれだけ頑張っても、どうにもならないことがあった。その現実に何度もぶつかると、「人は誰でも頑張れば報われる」とは、とても言えなくなる。むしろ、自分にも他人にも、ある程度の許容を広げておかないと、社会そのものがギリギリと音を立てて軋み始めるのだという実感の方が強くなる。

私は、自己責任という言葉を完全に否定したいわけではないが、それを他人を裁くための道具として振り回すことには、本能的な拒否感がある。責任という言葉は、本来「自分の側で引き受ける」ためにあるべきで、「弱い他人を切り捨てる」ための刃物であってはならないと思っている。

一方で、明らかに社会的には強者でありながら、弱者の感覚に深くコミットできる人も存在する。私にとっての一つの例は、衆議院議員の米山隆一という人物だ。彼はエリート中のエリートでありながら、自身の失敗やスキャンダル、バッシングも経験している。その中で、「努力だけではどうにもならないもの」と「それでも自分が引き受けるべき責任」の両方を、同時に抱え込んでいるように見える。

こういう人は、自分の強さと弱さを分裂させずに、一つの身体の中に共存させている。勝者としての自分と、いつでも敗者になり得る自分。その両方を引き受けるからこそ、自己責任という言葉を簡単に他人に投げつけることをしないのだろう。私は、こうした人を社会の「媒介者」だと感じている。上の世界の言語と、下の世界の現実を、同時に翻訳できる稀な存在だ。

しかし、弱者の側に立つように見える全ての人が、必ずしもこうした媒介者であるわけではない。「弱い人を守る自分」という役割を、精神安定の装置として利用しているタイプもいる。弱者をかばう姿勢を取りながら、その実、自分の怒りや不安定な自我を支えるための舞台装置として「弱者」を使ってしまう人たちだ。

このタイプは、一見すると自己責任論者とは真逆に見える。だが構造的にはよく似ている。前者は「弱者を叩くことで自尊心を支える」のに対し、後者は「弱者を守る自分に酔いながら、敵を叩くことで自尊心を支える」。どちらの場合も、弱者そのものは「自分の外側にいる固有の他者」としてではなく、「自分の内面を安定させるための象徴」として扱われてしまっている。

私は、こうした構造を直感的に嫌悪している自分に気づくたびに、「自分もこの罠に落ちていないか?」と考える。自分が不遇だったからこそ、いつの間にか「不遇な人の代表」を演じ、その立場を利用して誰かを叩き始めた瞬間に、倫理が崩れる予感があるからだ。だからこそ、「弱者の味方」を自称する言説には、常に一歩引いて距離を取りたくなる。

自己責任という考えを手放せない人が、自分の失敗や理不尽な出来事に直面したとき、本当なら「自己責任では処理できない領域がある」と気づくこともできたはずだ。それにもかかわらず、「自分だけ例外」という処理に流れてしまうのはなぜか。その分かれ道はどこにあるのか。私はずっとそれが不思議だった。

一つの答えとして、「一般化への怖さ」というものがあるのだと思う。例えば、自分の子どもが回避可能だったはずの事故で亡くなったとき、「それは社会の至るところで起きうる構造だ」と本気で理解してしまうことは、とてつもなく怖い。世界が一気に不条理で、危険で、予測不可能な場所に見え始めてしまうからだ。それよりも、「うちの場合だけが特別にひどいケースだった」「あの事件だけが異常だった」などと思っていた方が、世界への信頼をぎりぎり保てる。

そのとき、人は経験を「自分たちの特別な悲劇」として囲い込むことで、心の均衡を保とうとする。そこからさらに、「自分たちは本当にかわいそうな被害者であり、その他の弱者はそうではない」と線引きを始めてしまうと、排外主義や差別的な言動に接続していく。「自分たちは真面目にやってきた」「本当に理不尽なのは自分たちだけだ」「外国人や他の弱者は甘えているだけだ」。そういう物語の方が、構造を考えるよりも、ずっと楽で、感情的には気持ちよくすらあるのだ。

結局のところ、多くの人を動かしているのは、「自分と身内さえ守れればいい」という素朴な利己性と、「なるべく複雑なことは考えたくない」という疲労と恐怖だと思う。だから、人はしばしば、「自分が損をしない」「あまり考えなくて済む」「敵と味方が分かりやすい」物語へと流されていく。その先に用意されているのが、排外主義であったり、差別であったり、弱者を踏み台にして自尊心を守るような言動であったりする。

物事を判断するとき、「起きていることの背後には、何らかの構造や合理性があるのかもしれない」と考えてしまうことがある。複数のレイヤーの価値観が、どう重なり合って今の現実になっているのかに、目がいく。結果として、「ぼんやりと自分にとって都合のいい物語を選ぶ」側に、できれば長居はしたくないと思っている。自分の不遇を「特別な境遇」として抱え込むのではなく、同じように理不尽に巻き込まれている他者と地続きの出来事として受け止めたい。弱者を利用して誰かを叩くのではなく、自分もまたいつでも弱者側に転がり落ちうる存在として、自分の立ち位置を確認し直していたい。

人間の構造は、そんなにきれいなものではない。自分さえよければいいという本音、なるべく楽をしたいという怠惰、傷つきやすさ、恐怖、それでも誰かを理解しようとする微かな意志が、ぐちゃぐちゃに絡み合っている。その中で、どの力に身を預けてしまうのか。どの物語を「楽だから」という理由だけで選ばないでおくのか。たぶん、その都度のささやかな選択の違いが、その人の倫理を、ゆっくり形作っていくのだろう。少なくとも今は、そんなふうに考えている。